為替市場

為替市場
うぅぅぅ…寒いよぅ…
なんだっていきなり雪が降り出すんだ…
足を滑らせたあいつは一体どこに?
相棒も見つからない…帰り道も見つからない…
目の前には1メートル先も見えない白色の砂嵐、雪の圧力に負けじとふらふら前進していると、急に木が目の前に現れる。その度、逃げ場を失った怒りのような、あるいは悲しみのような感情がこみ上げる。
うぅぅぅ…寒い…

えっ?
なんだあれ?
白のキャンバスの向こうに見える人工的な赤い光。
少し歩けば届く距離に赤い光が見える!
人がいるかもしれない!
とにかく、行くしかない!

一歩ずつ近づく度、赤い光の真相が分かってくる。
あれは、
こや?
小屋?
木製のデッキの軒先にぎらぎらとした赤い光が灯っている。

あぁ、ひとまず助かった。
(喉元突きつけられていた刃から開放された気分。)
ここに泊めてもらおう。
人はいるのか?

どん、どん、どん
誰かいますかー?!
がん、がん、がん
あけてくださーい!

がちゃ
「いらっしゃいませー」
急に扉が開いて、転がり込むように中に入る。
ばたん
うぅぅぅ、さむいよぉぉ。
天井に灯った白熱電球と、部屋を半分に仕切るカウンターだけの簡素な部屋。
ぎょろっと部屋中見渡したが、暖房器具らしきものは一切見つからない。
なんだこりゃ。
でも、吹雪の中彷徨うよりかは遥かにマシだろう。


「あのー、お客様」
あ?
先ほど扉を開けた若い女性の気の抜けるようなしまりのない、だが同時に布で抑えられたような声に反応して振り返る。

ぎゃぁぁぁぁ!
すごい、何この人!
めちゃくちゃ着込んでる!
見て分かる範囲で赤色のフード付きのジャンパー、その下にも黄色のジャンパー、そしてさらにその下にも緑のジャンパーを着てる!
もちろんフードも重ねてる。
口元ももちろんセーターみたいなのでガードされてる。
声がこもってたわけだ。
手も、赤ん坊の手みたいにパンパンだ。
手袋を重ねてる。
下半身もぶっくり着込んでる。
でも、着てるものは化物みたいだが顔は小顔で20代前半くらい。
光ってるかのような白い肌に濃淡のシャープなまつ毛、優しさがビームになって出てきそうな柔らかな目もと。
顔の下半分が隠れて、口がみえず、きれいな筋の鼻と瞳が強調されている様がかわいい。
寒さを忘れて、服装と顔のギャップにのめりこむ。

はっ!
それにしても、
「お客様」?って言われた、今?
思考が寒さに震える体に戻ってきた。
どういう意味だ?

―お客様って?ここはお店なの?
「はい」
―何も置いてないように見えるけれど?
「でもお店なんです」
とりあえず、外はこの吹雪だから、一晩泊めてもらえない?
「このお店の商品を買えば、ここで泊まる必要なんかありませんよー」

部屋の中を再度見回しても、商品らしいものは見えない。
もしかしてお酒とかを飲めるバーなのか?
こんな山奥で?
山の動物をお客さんにでもしてんのか?

―このお店はいt
「このお店では熱エネルギーを売っています。ホッカイロや石炭みたいな熱源ではなくて、熱エネルギーそのもの。」
「キャッシュやカードなど、お金での決済はできません」
「あなたがすでに持っているエネルギーで、熱エネルギーを買うんです」
―はぁ?
思わず声が漏れた。感じ悪いな、自分。
どういうこと?
「つまり、あなたの身体が熱以外の形で保有してる物理的なエネルギーを、熱エネルギーに変換するんです」

ぶつ、り?
あー
そういや高校のときそんな科目あったわ。
選択してないからとってないけど。

「そうですねー、最近のレートはですねー」
おねーさんがカウンターの影に隠れていたホワイトボードを取り出す。

========================
Trade center "E=mc^2"

●為替レート
化学エネルギー 1 J = 0.008 J 熱エネルギー
位置エネルギー 1 J = 0.781 J 熱エネルギー
振動エネルギー 1 J = 0.081 J 熱エネルギー
運動エネルギー 1 J = 0.105 J 熱エネルギー
電気エネルギー 1 J = 1.095 J 熱エネルギー

●個人特約ローン利率(ただ今、諸事情により新規契約はできません)
10% 〜 18%(要査定)
========================

多分おねーさんが書いたであろう丸まったかわいらしい文字とは相反して、ホワイトボードには何か難しそうな内容が書かれている。
「今ですねー、ちょっとした事情で貸し出せる熱エネルギーがなくてローンはできないんですよねー」
間延びした声でおねーさんがせつめーをはじめる。

「ちょっと今市場で化学エネルギー安でしてー、たぶんお客様の体系ですとどう頑張って脂肪ひねりだしても一晩過ごせないですねー」
化学エネルギー安。専門用語、だ。
途中から全然聞いてなかった。

「かなり高騰してるって理由で結構電気エネルギーを売っちゃうお客様多いんですがー、一晩過ごす熱エネルギーとなると身体中の神経に流れてる電流のほとんどをつかいきっちゃう形になって死亡しちゃうんであんまりおすすめではないんですねー」
今このおねーさん『死亡する』って言った?!
笑顔で軽く言ったよね、多分。

「今のオススメは断然位置エネルギー!電気エネルギーほどではないんですが他のエネルギーと比較してもかなり割高感があっていいですよー」
「今なら店頭取引してくれた方全員に化学エネルギープレゼント中です☆(価格是正の一環なんですねー)」
『化学エネルギー』ってよくわからないが多分いらないものだろうな。

―そんなことよりさ、一晩泊めてくれないか?
―外はものすごい吹雪だ。
―お礼なら帰ったあといくらでもする。
「あーそれはできないんですよねー」
「全ての方にエネルギートレードを通して豊かになっていただく、が当店のミッションなんでー」
「お店に入っていただいた方にはトレードで熱を獲得していただいてるんですよー」
「あ、でも、熱さえあれば吹雪の中でもらくらく下山できるから助かりますよー」

とりあえず、取引をすれば助かるっていうことはなんとなくわかった。
そしてホワイトボードに書かれた5つのエネルギーが選択肢になっていることもわかった。
問題はどのエネルギーで取引するかだ。
オススメは―位置エネルギー―とかいってたな?
よくわからないがなんとかなるだろう―

―とりあえず、位置エネルギーで。
「いかほど交換いたしましょうか?」

どれだけ交換するか?
可能な限り最大限交換すれば、たくさんの熱が獲得できる仕組みなんだろう。
―満タンで
「おぉー!お客さん太っ腹ですねー!」
「はぁーい、では交換しちゃいますねー」

あぁ
一体何が起こるかわからないが、とりあえず助かr






――
―――!!

がぼがぼ、がっぼ!
ぶくぶくぶく…

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を掲載します。
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